実を言いますと…私はミックスボイスを出せるようになった今でもその発声方法を自信を持って具体的に言葉で説明することはできません。なぜなら、ミックスボイスを出している時の自分の声帯を見たことがないからです。仮に胃カメラのようなものを差し込んで声帯の形を確認することができれば、「ここにこうして力を加えて、声帯をこういう形にするとミックスボイスを出せます」という解説ができるかもしれません。その時は、みなさんにもカメラを差し込んでいただくことになりそうですが、現実的には無理ですね。そもそも異物を喉に差し入れたままミックスボイスを出す自信が私にはありません。
では何をどう説明するかというと、私や私以外でミックスボイスを出せるようになった人の体験を元にまとめた「出せた時の感覚」と「そのプロセス」です。これらを可能な限り詳細に伝えるしか方法がないんですね。今のところは。
ところで、ミックスボイスといっても声である以上は、ただの声帯の振動に過ぎないんです。何か特殊な体の器官をいろいろと駆使して…というわけではなく、単に声帯が地声でも裏声でもないミックスボイス特有の振動をしているというだけなんです。では、そのミックスボイス特有の振動を起こすためにはどうすればいいか。
簡潔に言うなら、①適度な高さで②ボーカルフライを使いつつ③声帯を絞ったり緩めたりしながら絶妙なポイントを探していけばいいんです。そして、ボーカルフライの具合と声帯の力加減、この2つの要素がバッチリ条件を満たした時に、声帯はミックスボイス特有の振動を始めるのだと、私は考えています。
でも、振動している声帯の様子を見たり触ったりして確認できない以上、その条件がどんなものかは、残念ながら明確には説明することはできません。コレばっかりは、みなさんが各自、自身の感覚で探っていくしかないんです。
ただ、ミックスボイスの「出し方」そのものは説明できませんが、ミックスボイスを出すための条件にアプローチする方法を紹介することならできますから、みなさんも各自で工夫しながら挑戦してみてください。
では、早速その方法を紹介していきたいのですが、その前にミックスボイスと地声、裏声のそれぞれの関係についての説明をします。この考え方はあくまで私独自のイメージを表現したもので、科学的、学術的な裏付けは一切ありませんのであしからず。
ここでは地声、裏声、ミックスボイスの関係を道に例えます。まずは地声から裏声へ向かうルート、これを「裏声ルート」とします。また、この裏声ルートと平行するかたちで「ミックスボイスルート」という脇道が通っているとしましょう。通常、地声-裏声ルートとミックスボイスルートは繋がっていないため、普通に地声を高くしていけば自然に裏声ルートをたどることになります。何度やっても、ある程度の高さに達すると声がひっくり返って(切り替わって)裏声になってしまうはずです。ちなみに、この講座ではこの声が切り替わるポイントを換声点(かんせいてん)と呼んでいます。およそ、地声の最高音のちょっと先あたりが換声点になるはずです。
私の考えでは、この換声点の付近にミックスボイスルートへの入口というものがあって、その入口をこじ開けて開通させることができれば、それ以降、地声-裏声ルートとミックスボイスルートを自由に行き来することができる。つまり、ミックスボイスを自在に操ることができるようになると考えています。具体的な入口の場所については、人によって多少前後するかもしれませんから換声点が入口だとピンポイントで断定することはできませんが、換声点の付近にミックスボイスルートへの入口があるということだけは確信しています。上述の「①適度な高さ」というのが、この「換声点の付近」にあたります。
でも、この入口を開けるのがなかなか簡単にはいかないんですね。先ほども言ったように(張り上げるのではなく)普通に声を高くしていくと、換声点で声がひっくり返って裏声になってしまうからです。何度やってもミックスボイスルートへの入口を通り過ぎて裏声になってしまうんですね。私の感覚としては、「ひっくり返る」とか「切り替わる」というよりも「スベる」という表現のほうがより近いと感じています。なんとか入口の前でスベらずに踏ん張ろうとしても、換声点に差し掛かると否が応でもスベってしまうんですね。ツルッと。入口の前でとどまることすらできないので、当然、開けることもできないわけです。
では、スベらないようにするにはどうすればいいか?
そこで「②ボーカルフライ」の出番なんですね。あの独特のプツプツ感、ザラザラ感がすべり止めの役割をするんです。このボーカルフライを程よく声に入れ込むことで、換声点でスベらず(裏返らず)に入口にアプローチできるようになるわけです。こうして、ミックスボイスルートへの入口を開けて入っていくための足がかりをつくるんです。まさにミックスボイスのカギとなるんですね。
ボーカルフライを使ってミックスボイスルートの入口にアプローチすること、私はこれを「チューニング」と呼んでいますが、このチューニングには2つの方法があります。
まずは、自分が出せる最も低いところからボーカルフライを出しながら、徐々に中高音域(mid2F~hi B)あたりまで上げていく方法。初めての人でも、超低音域または低音域でボーカルフライを出すこと自体はわりと簡単にできると思います。難しいのは、そのボーカルフライを中高音域まで維持することなんです。これはもうひたすら地道にトレーニングをして身につけていくしかありません。そして、換声点までボーカルフライを維持することができれば、ミックスボイスルートを開通させる下地はできたことになります。
もう一つは、裏声から徐々に低音に落としていきつつボーカルフライを入れていく方法です。そもそも裏声というのは一切ボーカルフライを使わない発声方法ですから、それをただ低くするだけでは意味がありません。一つ目の方法でもそうですが、要は換声点の付近でしっかりボーカルフライが出せているということが重要なんです。
ただ、こちらの方法はいきなり高音からボーカルフライを使うことになりますから、まだ低音でもボーカルフライを安定して出せていないような初歩の段階では、やや難易度が高いかもしれませんね。
徐々に上げたり下げたりできるようになったら、次は低音から急激に高音にしてみたり、またその逆もやってみましょう。このとき、ボーカルフライがしっかりと出ていれば、声帯は自然と閉じた(絞られた)状態になっているはずです。この閉じた声帯から少しずつ力の加減を調節することで、ミックスボイスの入口を攻略していくわけです。ボーカルフライが消えない程度に、声帯の力の入れ具合を強めたり緩めたりして「ミックスボイスを出すための声帯の形」をつくっていくんです。上述の「③声帯を絞ったり緩めたりしながら」というのはこういうことなんです。そして、このチューニングが条件にピタリと一致したとき、あのミックスボイス特有の振動が音となって出てくるわけです。
おそらく、ミックスボイスを出す上で技術的に一番のネックになるのがこの「③声帯を絞ったり緩めたりしながら」になるかと思います。
特に、初歩の段階ではボーカルフライを出しながら声を高くしていくことで手一杯になるでしょうから、到底、「声帯の形」までは気が回らないはずです。
ですから、初めのうちは声帯の絞り方には一切こだわらず、ともかく、換声点の付近でボーカルフライを出せるようになることだけに専念しましょう。換声点の付近でしっかりボーカルフライが使えるようになりさえすれば、トレーニング中に発声したり、曲を歌ったりするうちに声帯の動きも意識できるようになってきますし、勢いで偶然、その「声帯の形」がつくられることもあります。
逆に、どんなに声帯を動かせてもボーカルフライが使えなければ絶対にミックスボイスを出せるようにはなりませんので、何を差し置いてもまずは換声点の付近でボーカルフライが出せるようになることが、ミックスボイスを出すための最重要課題なんです。
そして、換声点の付近でボーカルフライを出せるようになって余裕が出てきたら、今度は、いよいよ声帯の絞り方に取り組んでいきましょう。
次回は、ミックスボイスを出す際の「声帯の形」について説明していますので参考にしてみてください。(あくまで私の独断の解釈によりますが…)
おそらく、普通にやっていたら1ヶ月や2ヶ月くらいは軽くかかってしまうかもしれませんが、まぁ、あせらず気長に取り組んでいきましょう。出るときは出ますから。必ず!